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未然防止か事後救済か①

明治維新までの日本語には、英語の「right」に対応する言葉がなく、「権利」は訳語として作られたものです。作ったのは福澤諭吉だそうです。当時は「権理」と書いていましたが、現在では「権利」と書きます。明治維新からもうすぐ一五〇年になろうとしていますが、日本人に本当の権利意識は根付いているのでしょうか。『日本人の法意識』(川島武宜、岩波新書)で読んだ話ですが、権利意識の高いドイツでは、優先道路と非優先道路があるとすると、優先道路を走っている車はなんら注意をせずに普通に走るそうです。

事故があった場合は、優先道路を走っていた車は過失相殺を問われることもなく、非優先道路を走っていた車が一〇〇%悪いことになります。似たような話は、ヨーロッパの他の国でも聞いたことがありますから、今でも同じ状況だと思います。わが国でこのようなケースがあると、いくばくかの過失相殺があるので、優先道路を走っていたとしても無罰に終わることはありません。

何故このように対応が違うかというと、これは国民性という言葉以外に説明のしようがありません。それどころか、信号を設置していなかった行政が悪い、となりがちです。人が池に落ちる事故が発生すると、柵がなかったのが悪い。こんにゃくゼリーを食べて死んだら、メーカーが悪くてそれを指導しなかった行政が悪い。ライターをいたずらして火事が起きたら、メーカーが悪くてそれを指導しなかった行政が悪い、といくらでも過失を問う材料を挙げることができます。